学校司書を退職しました

お久しぶりの更新ですが、タイトルに驚かれた方が多いかと思います。


「ほんとも!〜学校図書館おたすけサイト〜」管理人の「ほんとも」は、このたび2016年3月31日をもって勤めていた市を退職いたしました。
4月1日からは一般企業で正社員として次の仕事が決まっています。
学校司書ではありません。
図書館関係の企業でもありません。
全くの異業種に転職することとなりました。


退職理由については、この3月31日までの職場、並びに次の職場に配慮して、ここには書きません。
また、そもそもここには書ききれないほど様々な理由があります(さほど大した理由でも無いとは思うのですが、どうしてもお聞きしたい方は一献傾けながらであればお話します、ノンアルコール可)。


偶然とは恐ろしいもので、私の転職に重なるように、Twitterにて次のようなふたつのハッシュタグが生まれました。






自分としては学校図書館を去ることにさほど未練は無いと思っていたのですが、それでも「#図書館やめたの私だ」を読みながら身につまされるような想いを抱き、同時に「#図書館に育てられたの私だ」のまとめを編集しながら、大学図書館の司書として、公共図書館の司書として、そして学校司書として10年間自分がしてきたことに少しでも意味があったように思うことができました。
この10年間でたくさんの方に過分な評価をいただき、学校司書として様々なことを経験させていただきました。
この10年間で私が最も幸福だったのは、学校司書として存分に仕事ができる学校、一緒に同じ思いで私とともに働いてくださった先生方や職員の方々、学校司書として育つ環境を与えてくれる自治体、そして何より拙い自分の仕事に存分に応えてくれて私自身にも学びを与えてくれた子どもたちに恵まれたことでした。


そして、「ほんとも」としてその活動を発信し、幸いにもたくさんの方にその活動を参考にしていただき、また、逆にたくさんの方に私自身も学ばせていただきました。
私にとってこの10年間は他の何にも代えがたい貴重な10年間でした。


その10年間の経験を「捨てる」ことに多少の迷いもありますし、ありがたいことに「もったいない」という言葉も色んな方からいただきました。
ただ、その経験はこの転職の際にも大いに役立ちましたし、この先もきっとこの経験は役に立つかと思います。
また、ありきたりな言い方ではありますが何かしらこれからも図書館に関われればとも思います。


この数週間のあいだ、何をするにも「これが最後になるかも」と思いながら学校司書として仕事をこなしました。


これが「最後の読み聞かせ」になるかも。


これが「最後の卒業式」になるかも。


これが「最後に歌う校歌」になるかも。


そう思いながらこの数週間を学校で過ごすのは、正直に言うととても辛いものがありました。
一方で、卒業する6年生たちに最後に読んだ旅立ちの絵本や、卒業式で歌う唄の歌詞が旅立つ自分を励ましてくれるように感じ、また、耳に入る音楽の歌詞や、ふと読んだエッセイの一文が、そして身近な人の言葉が、ざわつく自分の心を落ち着かせてくれました。
今はもう、次の職場でしっかり働けるように、本を読んで勉強しながら備えています。


学校司書としての仕事は今日で一区切りですが、このサイトはこのまま残せる間は残しておきます。
また、管理人が非常に不精だったが故に、「これはサイトに載せよう」と思いつつも載せられていないことがまだたくさんあります(サイト構成も少し見直したいと考えています)。
次の仕事を続けながら、少しずつそれらに取り掛かろうと思います。


最後に、このサイトを通じてWeb上で、あるいはリアルで繋がりを持つことができた皆さんに感謝申し上げます。
皆さんがいなければ、きっと自分だけではこのような経験は決してできなかったと思います。
本当に、ありがとうございました。


それではまた、どこかでお会いできれば幸いです。
ひとまず、さようなら。

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さむがりやのねこ



とってもさむがりやのねこは、寒さに耐え切れず南の国に向かいます。走っていくうちに体があたたかくなったねこは、途中お休みしますが…

さむがりやのねこの悲劇はかわいそうなものの、絵も猫が合う悲劇も面白すぎて大笑いしてしまします!寒い冬に笑いすぎて暑くなりそうな絵本です。


算数の天才なのに計算ができない男の子のはなし



マックスは算数なら誰にも負けないと思っていました。しかし、トベル先生が時計を使って誰が早く問題を解けるか競わせるようになってから、算数ができなくなってしまいました。ちゃんと勉強もして算数もできるはずなのに、簡単な九九がとけない、時計で測られると頭がフリーズしてしまう。とうとう算数のことでパパとママと一緒に学校にも呼び出されますが…

算数障害の男の子が主人公の絵本。絵本の本編だけでは少しわかりにくいのですが、解説には算数障害についての説明がありこちらで理解が深まります。解説を入れながら読むのが良いかと思います。何より、算数障害について大人がこの本をきっかけに知識を持ち、子どもたちに応じられるようにしたいですね。


だいじょうぶだいじょうぶ



僕がまだ赤ちゃんに近い頃、おじいちゃんがまだ元気だった頃、僕とおじいちゃんはよく散歩に行きました。おじいちゃんと散歩に行くたびに、僕の世界はどんどん広がっていき、おじいちゃんは僕の心配ごとも「だいじょうぶだいじょうぶ」と言って和らげてくれました。

おじいちゃんという存在の大きさ、優しさを絵本にしたかのよう。散歩をする様子が描かれていますが、この散歩は広い世界へ踏み出すという意味に感じられます。広い世界での新たな出会いと不安、それをおじいちゃんと一緒に見つめることで成長する子ども。そして、その子が成長して…。高学年向けに敬老の日に読みたい絵本です。


こぶじいさま



昔々あるところにおおきなこぶのあるじいさまがいました。ある日じいさまはついつい山の深くまで木を切りに行ってしまい、帰れなくなってしまいました。しかたなくそこにあった山の神さまのお堂で眠っていると…

「こぶとりじいさん」の昔話。鬼たちが酒盛りし歌を唄って踊る様子には本来の鬼の怖さがあまり無く、一緒に最初のおじいさんが踊る様子もとても楽しげ。しかし踊りの節のところはどう読むか?読み手が悩むところです。松居直さんの再話と赤羽末吉さんの絵は、場面転換に合わせて文章がきちんと区切られており、絵はカラーとモノクロの絵が交互に続きます。不可思議なことが起こる場面ではモノクロになるようにしているのかな?淡い色遣いで、それでいて鬼やおじいさんたちの表情は豊かで、森の絵や墨絵がお話によく合っています。


ボクはじっとできない 自分で解決法をみつけたADHDの男の子のはなし



デイヴィッドはいつもゴールスキー先生に怒られてばかり。「集中しなさい」と言われた時、集中しないといけないのはわかっているのに、他のことを考えてしまうともうそのことしか考えられなくなってしまいます。何か思いついたことや気になったことがあったら試さずにはいられません。どうしてボクはじっとしていられないのだろう、どうすれば集中できるのだろう…。その解決方法を、デイヴィッド自身が自分で見つけだします。

ADHD(注意欠如・多動性障害)が主人公の絵本。子どもたちだけでなく、大人も理解を深められる絵本です。


ローラのすてきな耳



ローラは耳がよく聞こえません。友だちの声がよく聞こえなくて仲良く遊べなかったり、車が近づいて来ているのに気づかなくて危ないことも。けれど、そんなローラの耳を聞こえやすくする、すてきな耳をつけたら…

耳が聞こえにくい子どもが実際にどんなことに困っているのか、具体的に「こうしてくれたりいのに」というローラの解決策も描かれていて、「耳が聴こえない」「聞こえにくい」ということに対し理解が深まります。


なっちゃんの声 学校で話せない子どもたちの理解のために



場面緘黙(かんもく)についての絵本です。主人公のなっちゃんは、家では家族と声を出して話をすることができるのですが、学校ではどうしても声が出せません。そのため、クラスの子たちにもからかわれてしまいます。ある日、お母さんが学校に行った時に、クラスの子たちになっちゃんのことについて話をします。子どもたちはそこで初めて、なっちゃんのことを理解し、これまでの自分を見直しなっちゃんとの接し方を変えます。

巻末の解説では場面天目について詳しく書かれています。場面緘黙について子どもたちの理解を深めるのにも良く、場面緘黙に限らず気の弱い子や人前で話すのが苦手な子がクラスにいる場合にも読むと良さそうな絵本です。


ちいさなおおきなき



タイトルと表紙からだと優しいおはなしなのかな?と感じるのですが、中身は壮大で深く、考えさせられるお話です。小さな種から大きな木が育ち、その木に暮らす様々な生き物と、そして人間…。人間の愚かさを痛烈に描く絵本です。もう少し木の大きさが伝わる絵だったら…読み聞かせするには少し絵が細かいので、読む際に注意が必要です。


カワと7にんのむすこたち ―クルドのおはなし―



クルドに伝わる昔話。カワには7人の息子がいて、カワと6人の息子で鍛冶をし、末っ子とお母さんは羊飼いをして幸せに暮らしています。しかしある日、国を治めていた王様が悪魔により悪い魔法にかけられ、肩から蛇が2匹生えてきました。蛇を大人しくするために最初は羊を食べさせていましたが、やがて羊ではなく男の子を食べさせるようになります。カワは息子たちが心配になり…

「肩から蛇が生える」というのがびっくりの、クルドの昔話。悪魔に騙され続ける王様が少し不憫な気が…けど、簡単に騙されてしまい子どもを生贄にさせるような王様だから、救われないのも仕方ないのでしょうか。そのあたりを子どもたちと一緒に考えても良いかもしれません。